遊女屋の様子


「大籬」(惣籬)の第一級娼家の造り

☆妓楼の格式は、まずは、店構えから違いました。

籬(まがき)とは、見世の正面と脇土間の横手にある格子のこと。

大籬(おおまがき=惣籬・そうまがきとも言う)・・・太夫(後に、花魁)と格子しか置いていない第一級娼家(見世)。
判籬(はんまがき)・・・・・・・・・・籬の四分の一があけてある。中見世。
小格子(しょうこうし=惣半籬・そうはんまがきとも言う)・・・格子は下半分だけで小見世。


引手茶屋の様子

夜見世の情景

左の絵
☆引手茶屋の様子
仲の町には茶屋が並ぶが、その筆頭とされるのが絵に描かれている「山口巴屋」
大門を入った右側には一流の茶屋七軒が軒をつらね「七軒茶屋」と呼ばれました。
茶屋からの指名を受けた花魁は茶屋までを「花魁道中」をしました。

右の絵
☆夜見世の情景
張見世は昼見世(正午頃〜午後4時までと、夜見世(午後6時〜深夜12時)があったが、揚代はどちらも同じだった。
絵は半籬(はんまがき)の中見世の様子。
なお、大籬の第一級娼家では、花魁や格子は絶対に見世の前には座りませんでした。


妓楼の1階

張見世の様子


☆妓楼の造り

妓楼はどこも二階建てで、通りに面したところが張見世(はりみせ)で、並んで座った「散茶」(さんちゃ)以下の遊女が格子越しに見ることができる。
この営業用の部屋を除けば、一階はすべて従業員の日常生活のための場所で、玄関を入ると、すぐ左手に楼主の妻が座る「揚代」の清算場所があり、
その奥が楼主たち家族の住居空間。玄関を入って右側が遊女たちの空間で、遊女たちは「不問律の掟」があり、左の楼主たちの空間には足を踏み入れる
ことはしなかった。

左上絵
妓楼の一階。
左奥の大火鉢の前にいる正面向きの二人が楼主とその妻。右に見えるのが大階段。

右上絵
張見世の様子。
それぞれ煙草盆を前に座る遊女は、中央になるほど格が上になる。遊女たちの背後は張見世を仕切る障子。
左手の格子は惣籬(そうまがき)。
右手に見えるのは部屋の飾りの鳳凰の絵の一部。なお、再三申し上げますが、花魁と格子という格になると張見世には決して座りませんでした。

縦の絵
妓楼の二階。
二階は部屋が細かく仕切られており、この絵に見られるのは、いずれも遊女たちの個室。
左奥では酒宴中。
右奥は、これからお床入り。
中央の大廊下へ出てきた遊女は、お努めをはたしてきたところ。

☆妓楼の遊女たち
左絵
右から、
「ふり袖新造」・・・「禿」(かむろ、または、かぶろ)上がりの見習い遊女で、まだ客はとらない。赤い振袖姿が多い。数え年で13〜14歳位。
「花魁」・・・・新造付きでの呼び出し遊女。最上級の遊女。享和年間頃で1両1分(約25万円くらい)。
「ばんとう新造」・・・・年季明け後も妓楼に残り花魁の世話役をした。
「禿」(かむろ、または、かぶろ)・・・花魁の世話をしながら遊女の心得などを学んだ。数え年で8〜13歳くらいまで。階段下の二人。
「新造」・・・数え年15歳になると、二階に部屋が与えられ、部屋持ち新造となり客をとるようになる。数え年15歳〜。階段の所の遊女。
「やりて」(遣手)・・・遊女や禿の監督や客扱いの教育掛り。

右絵
右から
「花魁」「禿」「茶屋下女」(引手茶屋の下働き)「「茶屋女房」(引手茶屋の女房。遊客の案内や世話役)「花魁」


花魁道中

お披露目の花魁道中

☆花魁道中
花魁道中は「花魁」と「格子」のみの特権であった。

左絵
中央の「松葉屋瀬川」は、灯籠鬢(とうろうびん)で厚化粧、襦袢(じゅばん)の上に三枚の重ね着、豪華な打掛をはおって、遊女お決まりの前帯姿。
新造二人と禿二人を連れての道中。

右絵
「お披露目の花魁道中」
新造出しという禿から正式に遊女となるときに行うお披露目の儀式。
新調の衣装で着飾った新造四人に、姉女郎の花魁や禿などが付き添う。


☆遊びのしきたり
左絵
馴染み客になると他の遊女とは遊べない。ばれると振袖を着せられ、髷(まげ)を切り落とされた。
座敷の奥の方の男が「なされない顔」で振袖を着せられ、髷も斬られて手をついている。周りは笑い転げている。また、障子の陰から覗き見する者もいる。

右絵
左側の黒い襟の狎客(いろきゃく=常連さん)は、単なる馴染み客ではなく、立っている遊女と末は夫婦と約束した仲。


指切り

入墨

☆遊女のあの手、この手
吉原というところは「嘘」(うそ)で成り立っている。遊女は何人もの客に「主(ぬし)さんに惚れんした」と言わなければ、客は二度と来てくれない。
それだけ「揚代」も減れば「チップ」も減ってしまう。客は客で「また来るよ」と言わなければ、床の中で十分なサービスをしてもらえない。
「傾城(けいせい=遊女)に嘘をつくなと無理を言い」
と、狂歌にもうたわれている。
たんまり金になると思える客には、「起請文」(きしょうもん=約束状)を書いたり、小指を切ったり、男の名前を腕に入墨をしたりして、遊女の誠意の証(あかし)とした。
「起請文」・・・熊野神社などが発行する厄除け(やくよけ)の護符(ごふ)に、「神仏に誓って私の言葉は嘘ではない」としるしたものを客に渡したり、客の目の前で呑み込んでみせて愛情のしるしとした。

左絵
「指切り」
ほとんどの遊女が気を失うので、血止め薬や気付け薬を用意して行った。

右絵
入墨(いれずみ、または、いれぼくろ、と呼んだ)
まず、遊女が入墨をし、この後、馴染みの客にも彫るように要求した。


酒宴の賑わい

遣手

☆遊女遊び
左絵
「酒宴の賑わい」
出費を惜しまぬ遊興ぶりで、武士の客を囲んで左側が「花魁」。右側が「新造」。
前列は、右から、「若い者」(見世の男の使用人)、「遣手」(やりて)、「幇間」(男芸者)、「禿」、「女芸者」。

右絵
「遣手」
遊女としては使い者にならなくなった女性で、楼主の代理として遊女たちを管理、監督をする女性。強欲で人情味がなく、遊女の刑罰の執行も務めた。廓内の憎まれ役の代表的存在。
「こわがって 遣り手と誰も 色をせず」


朝の入浴

朝の掃除と準備

暇な昼見世

夜見世の情景

☆遊女の日々
「朝の生活」
遊女が起きるのは午前10時頃、入浴をしてから朝食兼昼食を摂る。
「据風呂(すえぶろ)で 昨夜の客の たなおろし」
部屋の掃除をして、化粧をして身支度を整える。午後2時頃から昼見世に出る。武士は外泊が許可されていないので、昼間は、もっぱら、武士の客が多い。
「弓矢取る身の悲しさは昼遊び」

「営業時間」
吉原の決まりとしては、見世の営業時間は正午過ぎから夜の12時。夜は客をとっているのが通常なのだから、遊女は、ほとんどが寝不足。
しかも、休みは元旦と7月13日の年2回だけだったので、心身ともに疲れ果てていた。

「夜の生活」
暮れ六ツ(午後6時)頃、神棚のそばの鈴の音を合図に「夜見世」が開く。新造が弾く伴奏音楽が鳴り響き、見世の前の人波も増えてくる。これからが不夜城吉原の本番。
「苦界(くがい)とは見えぬ廓の夕景色」
暮れ六ツ(午後6時)〜暮れ四ツ(午後10時)までが張見世の時間。四ツの「閉店」(ひけ)では早すぎると、いつも2時間の延長が許可されていて、九ツ(夜中の12時)になって四ツの拍子木が打たれるまで続けられた。

「深夜の生活」
引手茶屋経由の客には、明け七ツ(午前4時)頃、迎えの者が来る。一眠りしたばかりなのでかなり眠く、
「大いびき 別れの情は 根からなし」
と言われるような「つれない」遊女もいたが、客商売の辛さ、また来てもらうために「またの御見(ごけん)」を約束して、精一杯の愛想を振りまいた。

上左絵
「朝の入浴風景」
あの客はああだこうだと姦(かしま)しい。

上左絵
「朝の掃除と準備」
座敷を掃いているのは「振袖新造」。花を活けているのが「若い者」。

下左絵
「暇な昼見世」
商人や田舎侍が、ただひやかしで覗き見するだけ。

下右絵
「夜見世の情景」
お客がつくまで座って待つのが務め。


遊女がくつろぐ昼間のひと時

夜の勤めに備えての身支度

気のいいお大尽にたかる座敷

朝の仲の町での浮気客への制裁

風呂と厠(かわや)